「後継者がいない。自分が倒れたら、この店は終わりだ」
「3店舗まで増やしたが、手が回らない。1店舗だけでも手放したい」
「開業して数年。新しい挑戦に資金を回したいが、今の店を閉めるのはもったいない」
「体力の限界を感じている。ただ、スタッフの生活まで放り出したくない」
どれかに心当たりがあるなら、頭の隅に「売る」という選択肢が浮かんだことがあるはずです。 それでも「M&Aなんて大企業の話。うちみたいな小さな店に買い手はつかない」と、すぐ打ち消していませんか。
値段がつくかどうかを分けるのは、売上の大きさだけではありません。 買い手に渡せるものが整理されているかどうかです。 しかも、お金を払ってもらっても渡せないものが、この業界には1つあります。
ナイトの店はなぜ売られるのか
事業売却というと「経営が苦しいから手放す」を想像しがちです。実際は、前向きな理由で売る人も少なくありません。
後継者がいない。別の事業に集中したい。出店を増やしすぎて管理が回らない。体力的に夜の仕事を続けられない。 理由はさまざまです。
ここで大事なのは、「売る=負け」ではないということです。 店を閉めれば、内装も常連のお客さんも、育てたスタッフも、すべてゼロに戻ります。 売れば、その積み上げが現金に変わります。
買い手が見ているものは何か
買い手は「売上がいくらか」だけで判断しません。引き継いだあとに、同じように稼げるかを見ています。 主に次の4つです。
| 見られるもの | 買い手の疑問 | 売り手の準備 |
|---|---|---|
| 数字 | 本当にこの利益が出ているのか | 売上・経費・給与の記録を整える |
| 人 | オーナーが抜けても、スタッフや女の子は残るのか | 店長に任せられる仕組みをつくる |
| 場所 | このお店の場所で、このまま営業を続けられるのか | 賃貸借契約の期間・条件を確認する |
| 許可・届出 | 営業に必要な許可や届出は問題ないのか | 許可証・届出書類を一式そろえる |
いちばんの減点材料は、オーナー本人がいないと回らない店です。 売上が良くても、買い手には「オーナーの個人的な人気」としか映りません。
店の値段はどう決まる?
店の値段に、決まった定価はありません。買い手と売り手が納得した金額が、そのまま値段になります。 ただし、話し合いの出発点になる「ものさし」はいくつかあります。
| 考え方 | 中身 | 向いている店 |
|---|---|---|
| 資産を足し算する | 店が持っている物(内装・設備・現金)から借金を引く | 設備投資が大きい店 |
| 利益の何年分で見る | 1年の利益に、数年分の掛け算をする | 安定して利益が出ている店 |
| 似た店と比べる | 同じ地域・業態で売れた店の値段を参考にする | 近くに取引の例がある店 |
| 将来の稼ぎで見る | これから先に生む利益を、今の価値に直す | 伸びしろがはっきりしている店 |
小さな店では、「資産の足し算」に「数年分の利益」を上乗せする形が多く使われます。 上乗せの大きさは、先ほどの「人・数字・場所」の整い方で変わります。
帳簿があいまいな店は、利益を低く見積もられます。現金売上を記録していなかった分は、買い手から見れば「存在しない売上」です。 売る予定があるなら、早めに数字の記録をきれいにしておくほうが得です。
営業許可はそのまま買い手に引き継げる?
事業譲渡の形で売る場合、引き継げません。買い手が自分で新たに取る必要があります。許可は「店」ではなく、「許可を受けた人(会社)」に出されているからです。
風俗営業を営もうとする者は、風俗営業の種別に応じて、営業所ごとに、当該営業所の所在地を管轄する都道府県公安委員会の許可を受けなければならない。
キャバクラやホストクラブなどの風俗営業には、この許可が必要です[1]。 許可なしで営業を続ければ、拘禁刑や罰金の対象になります。
バーやスナックなど、お酒を深夜に出すお店は、許可ではなく「届出」です[1]。 ただし、こちらも店の持ち主が変われば、買い手が新しく届け出ることになります。
では、許可を取り直さずに済む方法はないのでしょうか。あります。 会社ごと売る「株式の譲渡」なら、許可を持つ会社そのものが残ります。 ただし、社長や役員が入れ替わるときは、変更の手続きが必要です。 役員に一定の事情があると許可を受けられない決まりもあり、買い手側の確認も欠かせません[1]。 この2つの売り方の違いを、次に整理します。
売り方は2種類ある
| 項目 | 株式譲渡(会社ごと売る) | 事業譲渡(店だけ売る) |
|---|---|---|
| 何を渡すか | 会社の持ち主の立場(株) | 店・設備・契約など、選んだもの |
| 営業許可 | 会社に残る(役員変更などの手続きは必要) | 引き継げず、買い手が新たに取る |
| 過去の借金・未払い | そのまま会社に残る(買い手が背負う) | 契約で渡したものだけが移る |
| 従業員 | そのまま在籍 | 一人ひとりの同意をもらい直す |
| お金を受け取る人 | 株を持つ個人(オーナー) | 会社 |
会社の仕組みの面でも、事業譲渡は重い手続きです。 会社法では、事業の重要な部分を売るとき、原則として株主総会で承認を得る決まりがあります[4]。
買い手にとっては、過去の借金を背負わない事業譲渡が安心です。 売り手にとっては、手続きが少なく許可も残る株式譲渡が楽です。 ここで綱引きが起きるので、どちらで進めるかは早めに決めておきます。
売却を進める5つのステップ
売る目的と条件を決める
いくら欲しいのか、いつまでに手放したいのか、スタッフの雇用は守りたいのか。 優先順位を先に決めておくと、交渉でぶれません。
書類と数字を整える
決算書、賃貸借契約書、営業許可証、スタッフとの契約書をそろえます。 足りない書類や曖昧な数字は、この段階で片づけます。
買い手を探す
同業者、取引先、仲介会社などが主な窓口です。 店名や場所が知られると、スタッフが動揺したり常連が離れたりします。 最初は名前を伏せて話を進めます。
条件を交渉し、基本合意を結ぶ
値段、売り方、引き継ぐ範囲、引き継ぎ期間を話し合います。 基本合意の段階で、秘密を守る約束も交わします。
買い手の調査を受けて契約・引き渡し
買い手が帳簿や契約を細かく確認します。 問題がなければ最終契約を結び、許可・届出の手続きと並行して引き渡します。
手元に残るお金と税金
売却代金が全額手元に残るわけではありません。税金がかかります。
株を売った利益には、原則として約20%(所得税・復興特別所得税15.315%+住民税5%)の税率がかかります[2]。 事業譲渡の場合は、代金がまず会社に入ります。会社の利益として税金がかかり、オーナー個人が受け取る方法はまた別に考えることになります。
どちらの方法でも、手取りは変わります。 契約書に署名する前に、税理士へ「手取りの試算」を頼んでおくのが安全です。
売るのではなく、後継者に会社の株を渡す形もあります。 一定の条件を満たせば、贈与税や相続税の支払いを先送りできる制度があります[3]。 対象になるかどうかは会社の状況によって変わるので、国税庁の案内か税理士で確認してください。
売却で失敗しやすいポイント
失敗の多くは、価格よりも「段取り」で起きます。
✓良い点
- ・帳簿を整えてから売り出した店は、数字の説明がしやすく交渉で有利になる
- ・店長や幹部に仕事を任せていた店は、オーナーがいなくても回ると評価される
- ・許可や契約の書類がそろっている店は、買い手の調査が早く終わる
✕課題
- ・売却の話を早く漏らすと、スタッフが辞めて価値が下がる
- ・賃貸借契約の確認を後回しにして、貸主の承諾が得られず白紙になる
- ・売却後の約束(引き継ぎ期間、同じ地域での再開)を曖昧にして揉める
売却の合意ができて安心し、引き渡しの日だけ決めてしまうケースがあります。 ところが、事業譲渡では買い手の許可や届出が下りる日と、引き渡しの日が一致しません。 買い手の手続きが終わる前に営業を再開すると、無許可・無届の営業になりかねません。 引き渡しの日は、買い手の許可・届出が整う見込みの日から逆算して決めてください。 あわせて、営業所の図面や設備が許可時の内容と合っているか、売却前に見直しておくと審査で止まりにくくなります。
もう1つ、売った側にも制約が残ります。 会社法には、事業を売った会社は、原則として同じ市町村と隣の市町村で20年間、同じ事業をしてはいけないという決まりがあります。 契約で別の取り決めをすることもできます[4]。 売ったあと近所で新しい店を出したいなら、契約の段階でその旨を書いておく必要があります。
よくある質問
赤字の店でも売れますか?
売れる場合はあります。立地が良い、内装がそのまま使える、許可や届出がそろっているといった点に価値を見出す買い手がいるからです。 ただし、値段は低くなる傾向があります。赤字の原因を説明できるかどうかが、交渉の分かれ目です。
スタッフには、いつ売却を伝えるべきですか?
買い手が決まり、基本合意を結んだあとが一般的です。早すぎると人が辞め、遅すぎると不信感を持たれます。 事業譲渡の場合は、スタッフ一人ひとりの同意が必要なので、伝える順番と説明の内容を事前に決めておきます。
売った後、同じ地域で別のお店を出せますか?
事業譲渡で売った場合、会社法の決まりで、原則として同じ市町村と隣の市町村では20年間、同じ事業を始められません[4]。 契約で例外を決めることはできるので、再開の予定があるなら、必ず契約書に書いてください。
バーやスナックの売却でも、手続きは必要ですか?
必要です。深夜にお酒を出す店は、許可ではなく届出ですが、持ち主が変われば買い手が新たに届け出る手続きがあります[1]。 許可の店より軽い手続きですが、引き渡しの日との調整は同じように必要です。
売るのと、家族や社員に継がせるのと、どちらが得ですか?
一概には言えません。売れば現金が手に入り、継がせれば会社と雇用が残ります。 継がせる場合は、税金の支払いを先送りできる制度が使えることもあります[3]。 まずは目的(お金か、会社を残すことか)を決めて、税理士に両方の試算を出してもらうのが近道です。
後継者がいない、体力の限界を感じる、新しい挑戦に資金を回したい。 その悩みを抱えたまま店を畳めば、積み上げたものはゼロに戻ります。 許可の扱い、売り方の種類、税金、スタッフへの伝え方を先に押さえておけば、「小さな店だから売れない」という思い込みで、手放すチャンスを逃さずに済みます。
参考・出典
- [1]e-Gov法令検索「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」(参照: 2026-10-04)
- [2]国税庁 タックスアンサー No.1463「株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」(参照: 2026-10-04)
- [3]国税庁「事業承継税制」(参照: 2026-10-04)
- [4]e-Gov法令検索「会社法」(参照: 2026-10-04)